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HIRA^O SAKI(ひらお さき)は、平松愛理、尾崎亜美、崎谷健次郎の3人のキーボーディスト・シンガーソングライターから成る歌手ユニットである。1992年に「My Best Friends」でデビューした〔『Club Amii 尾崎亜美スペシャルファンサイト』 〕。 == 来歴 == ;1992年 メンバーである平松愛理、尾崎亜美、崎谷健次郎は、ともに同じレコード会社であるポニーキャニオンに在籍していた。 当時、平松はデビューの翌年から組んできた編曲家の清水信之(後に結婚)との楽曲制作が軌道に乗り、シングル「部屋とYシャツと私」を80万枚近くセールスする大ヒットで結実させていた〔『スポニチアネックス』「【1992年4月】部屋とYシャツと私/激痛と闘いながら歌った平松愛理」(2011年4月8日付) 〕。少し先輩の崎谷とは、コンサートにゲスト参加する交流があった〔デビュー1年後の、"SAKIYA'S ACOUSTIC NIGHT vol.1"(1990年3月12日、東京・新宿POWER STATIONにて開催)に出演している。〕。 また、崎谷はプロデュースした谷村有美のシングル「ときめきをBelieve」をヒットさせていた〔TBS系『日立 世界・ふしぎ発見!』エンディングテーマ。オリコンチャート14位は当時の谷村の最高位となった。〕。プロデューサーとしても先輩である尾崎とは、かつてポニーキャニオンに所属していた上田浩恵のシングル〔尾崎はデビュー・シングル「ソロ・サピエンス」を提供、崎谷は5th.シングル「ときめき未来系」をプロデュース。〕やアルバムに楽曲提供する間柄であった。尾崎は活動再開後のセルフカヴァーアルバムを発表する傍ら、「桃姫BAND」の"桃姫"として小原礼(後に結婚)らと共に新たな活動を展開していた〔『Human Touch~ Ray Ohara's Fan Page ~』「桃姫BAND」 〕。 年末に第34回日本レコード大賞で作詞賞を受賞することになる平松に象徴されるように、活躍著しい3人のキーボーディストによるクリスマス・コンピレーション・アルバムが企画され、これを機に清水信之プロデュースによるスペシャルユニットを組むことになった〔平松愛理公式ウェブサイト プロフィール、ディスコグラフィに「企画ユニット」と紹介されている。〕。 グループ名は3人の名前の最初の漢字一文字を採って繋いだ「平尾 崎(ひらお さき)」に由来〔 『「かめきち」のホームページ』「音楽の部屋」 〕し、“個人名”の感覚ながら性別の印象を薄くするために、アルファベットで"HIRA^O SAKI"と名乗ることになった。 11月に清水信之プロデュースによる「My Best Friends」と題したシングル、アルバムを発表した。企画ユニットであったため、平松愛理の雑誌インタビューで若干紹介された以外、グループでの活動はスタジオでの録音以外は目立たなかった。 ;2009年 11月、崎谷健次郎の3rd.ベストアルバム『崎谷健次郎 BEST COLLECTION』に「My Best Friend」が「平松愛理・尾崎亜美・崎谷健次郎」名義で収録された〔崎谷健次郎公式ウェブサイト『kenjirosakiya.com』「Discography 崎谷健次郎ベスト・コレクション」 〕。 ;2014年 3月 - 6月、大阪・兵庫・東京での『青春のベスト・ヒット・コレクション 原田真二・尾崎亜美・平松愛理~シンガーソングライターの系譜~』コンサート・ツアーで、尾崎と平松が共演している〔『ニッポン放送』公式ウェブサイト内イベント「コンサート 青春のベスト・ヒット・コレクション 原田真二・尾崎亜美・平松愛理~シンガーソングライターの系譜~」 〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「HIRA^O SAKI」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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